旅行けば千鳥足

北に美味い魚あれば冬に行き、南の焼酎飲みたさに帰省をし、西の良い居酒屋の噂を聞けばしこたま飲み食いをする。そういう人に私はなりたい

【ソトノミログ】浦和beetleでコの字カウンターの誘惑に浸る

 日々の業務に嫌気がさしてきたのか、妻は房総の山奥へ一人で泊まりに行った。自分で運転してである。車の運転ができない自分からしたら、ただ舌を巻くのみだ。確かに、ここ最近は私から見ても疲れているのが明白であったし、少し前に「二人で湯治に生きたいね」というほどだった。本当は一緒に行きたかったが、明日から仕事の自分には同伴することは難しい。着いたら連絡をするように伝え、玄関先で見送った。ほんの少しだけ、寂しそうな顔をしながら。

 

 さて、明日から仕事は言えど今日は休みだ。
せっかくの休みなのだから、肝臓にはもうひと働きしてもらう必要がある。持ち主は土日祝の休みがあるのに、内臓諸君は何も言わず、ただ従順に己の業務に邁進してくれるのだから、頭が下がる。
 自宅の最寄り駅周辺にも飲み屋がないわけではないが、両手で数えるとおつりがくるぐらい少ない。しかも、日曜定休であったり、やっていても16時オープンであったりなど、明日から死地に飛び込まんとするサラリーマンからすると少々使い勝手が悪い(こちらの都合でしかないわけではあるが)。

 しばしの試案ののち、行く場所にあたりをつける。
乗り換えがあっていくには少々面倒ではあるが、あそこならば私の希望を叶えてくれるに違いない。身支度をして、曇天の中私は外に出た。目的地は、浦和駅。

 

 浦和駅に特別な愛着があるというわけではない。はじめは引っ越しして数日後、定期券の区間を変更するために来ただけだった。その後、昼から飲める店が自宅の最寄駅とは段違いに多いことが私の興味を引き、妻が外出している土日の昼間に行くようになったのがキッカケだった。

 駅は日曜の昼間というわりには、人の往来は少なくない。人混みを避けるよう五分ほど歩き今回の目当ての店「beetle」につく。細い路地があちこちにあるからなのか、はたまた、私が方向音痴なのか、初めてこの店に行ったときは結構右往左往したのを覚えている。のれんをかきわけ、引き戸を開ける。入って左側にコの字のカウンターと調理場、右側にはテーブル席が配置されている。

開店直後であるからか、15名程度座れそうなカウンターは半分ほど埋まる程度。
いつも賑々しいテーブルはガラ空き。
いつも写っている競馬中継、野球中継はついていない。

 余談ではあるが、私はこの字のカウンターに並々ならぬ愛着を持っている。初めて意識ししたのは、日暮里駅ロータリーのそばにあった、今は亡き飲み屋だった。たしか会社の先輩に連れてきてもらった覚えがある。あの時は、少し大人の階段を上ったような心持であった。その後、札幌にある「第三モッキリセンター」でもコの字のカウンターに遭遇した。そこに座ると、自分が常連であるかのような錯覚を覚えるほどだった。
なんだか店に肯定されているような気がする――それから私はカウンターの虜になってしまっている。

 腰を据えるのと同時に机上のメニューに手を伸ばす。ここで飲むときはいつも以上に予算を決めたうえで楽しむことにしている。別に、値段が書いていないからおっかなびっくり頼んでいるとか、逆にべらぼうに高いとか、そういうわけではない。ただ、このカウンターでゆっくり飲むという行為に自分が心地よさを覚えてしまい、予算を決めておかないと、いつまでもここから抜け出せない、そんな気がしているからだ。加えてクレジットカードが使えないことも、私の予算縛りを加速させていると言える。

いの一番に頼むのはビールの大瓶だ。
手酌で下のコップに注ぎ、間髪入れずに飲む。
炭酸が小気味よく弾け、胃の底に落ちていく。
ここにはキリンにアサヒ、サッポロと様々なメーカーの銘柄が揃っている。個人的にはビールの銘柄には一家言あるが、それはまた後日。

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【7/5追記】

己の中に潜んでいる瓶ビールに対する愛情をしたためたので是非ご覧いただきたい。

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 ともに頼むのは白菜漬けと丸干しだ。丸干しは一尾ながらも230円と、一人飲みするには十分すぎる価格設定だ。頭から一気にかじると、旨味とも苦みともつかない深い味わいが口腔内を支配する。続けざまにビールをあおると、なんとも言えない幸福が脳内を駆け巡る。
 白菜漬けは十分浸かっており、添えられた柚子皮の甘い苦みがありがたい。

 大瓶をやりつつ、白菜をつまんでいると、席の左側から、女性の短い歓声が挙がった。どうやら、チンチロハイボールでゾロ目がでたらしい。
この店はゾロ目が出ると通常の一杯が無料になる。こういう、自分が忘れている小さな楽しみが同じ空間で起こるというのは、なんというか心に来る。

 さて。ひとしきり堪能したところだが、まだまだ予算内。次に行こう。

 この店で頼むのは菊正宗の樽酒だ。いつもは二合だが、普段頼まないビールの大瓶を先に腹に入れたから、今日は一合にしておく。この店は、コップの下に小皿を敷いた状態で注いでくれる。小皿の半分程度入れてくれた。酒飲みとしては、小皿の縁ギリギリまでいれてくれるとそれはそれで嬉しいものだが、なんというか品がない気がする。多少のゆとりがあるからこそ、次に進めるというものだ。顔を近づけると、杉樽の香りがふわりと浮かんでいる。思わずため息。今年も杉の花粉にはこてんぱんにやられはしたが、杉の香は別物だと再確認した。

 樽酒に何を合わせるか。塩辛と少し悩んだものの、最終的にはカツオの酒盗にした。イケるかと思ってはいたものの、樽酒は香りは強いものの、味はそこまで濃くはない。酒盗の力強さに負けてしまったようで残念。

 気を取り直して三杯目。日頃頼まないが今日は地酒をセレクト。会津末廣の山廃純米だ。山廃と聞いててっきり力強いものかと思いきや、思いの外フルーツ感がある。ただそれも一瞬で、すぐさま米の味が口の中を溢れる。食中よりも食後のほうが個人的に合うのではないかと思う。名前の印象から合うと思っていた厚揚げだったが、厚揚げの油感のほうが勝ってしまった、うむん。

 山廃がどんなものなのか、以前書いた記事はこちらから

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 このあたりで時計を見やると15時半を過ぎていた。カウンターは8割型埋まっているだろうか、テーブル席も僅かではあるが客の姿を認める。そもそもこの店では予算を決めているのだから、このあたりがちょうど予算内ではないだろうか。
勘定を頼むと2,920円。いつもは2,000円を予算としているが、今日は3,000円が予算だったので、ほぼほぼぴったり予算内。

 空調の効いた店内から出ると、外はすっかり晴れていた。むしろ暑いぐらいである。これから3,40分程度かけて帰らねばならないのが億劫ではあるが、わかってたうえで来ているのだからしょうがない。
 明日は月曜日。このまま一日をフェードアウトしたい願望があるが、弁当の準備が待ち受けていることを忘れてはいけない。冷蔵庫の中身を思い出しながら、私は熱気で淀む浦和の街から逃げるように帰った。